第5回 『鋼の錬金術師』水島精二監督インタビュー 前編
 <<コミュニティ

第5回目の「ボンズの屋台ボネ」は、
『鋼の錬金術師』の水島精二監督のインタビュー(前編)です。


PROFILE
水島精二(みずしま せいじ)

アニメーション演出家。サンライズ入社後、演出家を経てフリーに。代表作として、『ジェネレイター・ガウル』(98)(監督)、『地球防衛企業 ダイ・ガード』(99)(監督)、『シャーマンキング』(01)(監督)『 I-wish you were here』(02)(監督)などがある。

--- まずはじめにお聞きしたいのですが、水島監督がアニメーションの仕事に就こうと思ったのは、いつ頃だったのでしょうか。

水島精二監督(以下水島) 高校に入ったぐらいの頃はアニメ業界で仕事をしようとは全然思ってなかったんです。高校は単に家から近いという理由で選んだという。公立高校に行こうとしたらけっこう家から離れてたんでどうしようかと迷っていたら、オヤジに「お前は食うのが好きなんだから、農業とかやったらどうだ」と言われて、じゃあ農業高校で良いかなと。食事製造科っていうところで「将来は食い物でも作ろうかな」って学校に行ったのに、進学就職の時期には中学の時から好きだったアニメの仕事をやりたくなっていて「東京デザイナー学院に行きたい」って言って担任に「世捨て人か?」と言われたりしました。

---- じゃあ高校で勉強したことが…。

水島 全く役に立ってないですね。専門学校には、親に学費を自分で稼ぐなら行っても良いと言われて、アルバイトしながら通ってました。

---- その頃好きだったアニメ作品というのはどのようなものがありましたか。

水島 うーん、やっぱり『機動戦士ガンダム』ですかね。『ガンダム』を見て、アニメ誌とかも買うようになりましたし。

---- じゃあアニメ誌をチェックしながら、この作品にはどんな人が関わっているのかというところまで調べたりして。

水島 やっぱりしましたね。金田伊功(かなだよしのり)さんという有名なアニメーターがいるんですけど、金田さんが好きで、金田チックな絵を描いたりしました。最初は一生懸命絵を描いていて、「アニメーターになるぜ!」って専門学校に通っていたんですけどね。


---- もともと絵は好きで描いていたんですか?

水島 アニメが好きになってから描き始めたんです。でも、高校時代に仲良くなったヤツがはじめは僕より絵がヘタだったのに、あっという間にうまくなったんで、それを見て悔しくてやめました(笑)。一緒にやっていたら絵描きとしては一生こいつに勝てないと。高校の時に彼の絵を「ヘタだな」っていうと、二、三日学校休んで絵を一所懸命描いてきて「どうだ」って見せに来るようなヤツで。一緒に専門学校に入ったんですけど、彼は半年で専門学校をやめて現場に入って。仕事だからずっと絵を描く訳じゃないですか。やはりプロになると明らかに絵がどんどんうまくなるんですよね。僕は専門学校を中退するなんて親が許してくれなかったので、真面目にちゃんと二年間通いましたけどね。でもそこで同じ道に進むのはやめようと思いました(笑)。

---- その友人がいたということもあり、専門学校の時点ですでに絵描きの方ではなくて、同じアニメの仕事でも別の道に行こうと。

水島 そうですね。卒業後はなにかしらアニメ関係の仕事に就ければいいやと思って就職したのが撮影の会社で、3年間仕事をしていました。初めてカメラマンとして撮らせてもらったのが、小林よしのりさんの『おぼっちゃまくん』に出てくる光るうんこの透過光でした。

---- うんこの透過光って(笑)。

水島 初めて透過光のデーターを作ったのはうんこ。青いうんこの透過光のデータを作りました。まだあの頃はフィルムでしたからね。

---- (笑)。では、撮影の仕事から現在の監督という職に就いた道のりというのはどのようなものだったのでしょう。

水島 僕は最初から監督や演出になりたかった訳じゃなかったんですよ。でも撮影の作業をやってると演出の撮影指示がいい加減だったりとか、撮影側でカメラワークを工夫して物理的に無理なカットも撮らないといけないことが多々あったんですね。「なんでこんなに撮影が苦労するようなカットを作るんだ」といつも思ってて。それで苦労して撮ったフィルムを見ても、たいしたことなかったりしたんですよ。「それだったら俺の方が面白いフィルムを作れるよ」っていう、根拠もない自信で演出志望になったんです。でもいきなり演出で使ってくれる訳もないので、まずは制作進行という道を選ぶことになりました。さっき言った友達の絵描きが付き合っている会社の先輩に紹介してもらって、サンライズに入ったんです。そこで当時サンライズの制作デスクをしていた、現在ボンズの南社長と運命の出会い(笑)を果たすわけです。ちなみにさっきから出ている友人の絵描きというのは、田中良という『バーチャファイター』のキャラクターデザインや、『ゲッターロボ』のメカデザインをやっているヤツなんですね。実は高校のツレなんですよ。

---- すごい繋がりですね。同級生繋がりで、田中さんと一緒に仕事をすることもあるんですか?

水島 メインスタッフで一緒に絡むことは拒否され続けてます(笑)。「お前とやるとめんどくさいから」って。田中の紹介でゲームのムービーパートの演出をやったことがあるんですけど、こっちの思い入れが強いもんだからクドい演出をして、「ああしたいこうしたい」って色んな指示を出すんですよ。その割に僕は絵がうまく描けないから、絵描きにはすごい負担が掛かるんですよね。田中は高密度のレイアウトをしっかり取るというよりは、たくさん動くようなものを作りたいんですね。彼からすると僕はレイアウトにいろんな事柄を入れたがるので、「求めているモノはわかるけど、お前のは面倒くさいからやりたくない」と(笑)。

---- スタンスの違いでしょうかね。

水島 そうですね。作風が違うからつらいという。最近は「アクションシーンとかで、誰にも仕事を頼めなくなったときに電話してこい。その時は手伝ってやるから」と言われてます。ですので機会があったら手伝ってもらえればいいや、ぐらいの感じですね。

---- では、この『鋼の錬金術師』の監督をすることになったのは、どのようなきっかけなんですか?

水島 ある日南社長から電話が掛かってきて、「お前来年なにやるの?」、「決まってないです」、「じゃあうちでやれよ」と、まさにそんな感じで誘われたんです。

---- そのときにはすでに作品の内容とかは聞かされていたんでしょうか。

水島 企画書を作っている段階だったということで、南さんの方からは「『鋼の錬金術師』っていう原作マンガなんだけど、どうだ?」って。『鋼』の一巻はたまたま本屋で買っていたんです。南さんから電話があったとき、ちょうど一ヶ月後ぐらいに引越しだったんですよ。それで『鋼』は引越し前に処分する本の一冊として箱に入れていて、古本屋に売る体勢になっていたんですよね。別に『鋼』だけが古本屋に行こうとしていたんではなく(笑)、かなり大量の本が古本屋行きの箱に入っていて。電話をもらって「ああ、アレか」と。

---- じゃあお話が来る前から、原作『鋼』の存在は知ってたんですね。作品に関わる前の印象みたいなものは。

水島 実は『鋼』の一巻の内容を読む限りでは普通のファンタジー活劇だと思っていて、これを制作するとなると鋼独自の物を膨らませないといけないなと感じて、すぐに「やります」とは言えなかったんですよ。もちろん、絵はしっかりしているし、内容も普通に面白いし、いかにもアニメになりそうで。そう言う意味では良い原作だと思いました。でもこの時点では、自分が是非やりたいってほどの魅力は感じてなくて(笑)。で、その電話の時に南さんから「二巻がもう出てる」と聞かされて「じゃあ、二巻読んでみます」って。それで二巻を読んでみたら、ちょうどアニメの7話(「合成獣(キメラ)が哭く夜」)にあたるエピソードが入っていて、けっこうヘビーなネタを少年マンガでやっているなと驚いて。これなら他作品との違いを、鋼独自の部分を出せると思い、これはやれるなと。最近は軽い感じのアニメ作品が多かったので、これは良い感じにできるぞと思いました。それで一巻も古本屋行きの箱から慌てて救い出して(笑)、棚にいれ、次に南さんからお電話があったときには「やります」という返事をしたんです。


---- この作品を見て思ったのは、すごくシリアスなテーマで、時には人が殺されるような残虐なシーンもオブラートにくるまずに出していくところがすごいなと思いました。そのシリアスで重いテーマというものをいかにエンタテインメントに仕上げるかっていうところは、かなり微妙なバランスだと思うんですよ。

水島 それはすごくよく言われますね。

---- 作品を知らない一般的な見え方としては「少年たちが活躍する冒険アクションもの!」みたいなところもあると思うんですけど。

水島 ああ、それはすごく嘘っぽいフレーズですね(笑)。でも、それだとつまらないんじゃないですかね。やっぱり原作にドキッとするような話がある。生死の問題、命とはなんだ?といった葛藤を、少年達がある事件を経験することで持つ。その葛藤の先にあるもの。僕らはそこがこの作品の肝だと思っています。昔の少年マンガにはそういうテーマが含まれていて、こっちの心に響くものがいっぱいあったんですけど、最近の作品はそれが無かったんですよ。原作の『鋼』にはそういう重いけど心に響くテーマを感じて、そこへ踏み込む気持ちでスタートしているので、そういう部分がアニメでも描けないとやる意味がない、ぐらいの思いはありましたね。でも実際は自分の中で決めていたラインよりも踏み込んでいるんですよ。というのは、局のプロデューサーで竹田さんという方がいるんですが、竹田プロデューサーが『鋼』の持っている人間的テーマと、そこを逃げないで作品を作ろうとしている僕とか會川氏(※ストーリーエディター・脚本を担当している會川昇)の考え方にすごく共感してくださったんです。竹田プロデューサーはもともと報道上がりの人なんですね。世界各国を回って、実際に世の中で起こっている出来事をよく知っているんですよ。作品として世界を書こうと思うなら、世の中で起きている出来事というのは、全部物語の中にシフトできることだから、それはぼかさずにきっちりと描きましょうと言ってくれたんで、こちらももう一個ギアを入れるかっていう感じになりましたね。


 (第6回目の「ボンズの屋台ボネ」『鋼の錬金術師』水島精二監督インタビュー後編に続く)


「ボンズの屋台ボネ」TOPに戻る